平安時代、「酒の肴」は武器だった!? 歴史から豆知識まで、驚きの情報が満載の「日本酒大全」

 

 ふだんはワインやビール派の人、あまりお酒は得意ではないという人でさえ、お正月は日本酒を口にする機会が多かったのではないだろうか。お酒好きならもちろん、酒席は手持ち無沙汰だという人にも、ぜひすすめたい書籍がある。発酵学の第一人者である著者・小泉武夫氏による、『日本酒の世界』(講談社学術文庫)だ。

 本書ではまず、日本酒の誕生について、古代の遺出物や資料がひもとかれる。農耕の神に捧げるものとして発生した「神の酒」は、次第に「人の酒」となり、われわれの祖先の高度な知恵によって育まれてきた。縄文時代から日本人とともにありつづけてきた日本酒だからこそ、現在でも、神前結婚式で交わす夫婦の契り酒のように、わたしたちの誕生から葬儀にいたるまでのさまざまな人生儀礼に、「けじめ付け」の手段としてかかわってくるのである。

 さらに、日常生活における酒の嗜みかたも、日本の食文化の独自性に少なからず影響を及ぼしてきた。「酒合戦」(酒の飲みくらべ)や「きき酒」などの酒にまつわる競技を考察したり、徳利や酒盃、酒造りの器である酒蔵に触れたりすることでも、日本人が日本酒に対しいかに愛着と誇りをもって接してきたかを知ることができる。たとえば江戸時代、伊丹や西宮などから江戸へと運ばれる「下り酒」を載せた船が、ロマンに満ちあふれたスピードレースを繰り広げていたことをご存じだろうか。これは、今でいう11〜12月、夏を越させた熟成酒を出荷する前に、その年に醸し出されたばかりの新酒を積んだ樽廻船を西宮から一斉に出帆させて、江戸への一番乗りを競うレースであった。初鰹を愛する当時の江戸っ子たちが、高価で味は未熟だが、香りの高い新酒をどれほど珍重していたかがわかるエピソードだ。

 本書は、日本酒が進化していく過程だけでなく、日本酒にまつわる多彩な豆知識もたっぷりと収録している。たとえば、酒の肴の「肴」といえば、現在は「つまみ」を指すことが多いが、平安時代や室町時代まではちょっと違う。長上の者が部下を酒宴に招くときの衣類や武器など、「引出物」のことだったのだ。また、こんな話もある。日本酒には甘口と辛口があることはよく知られているが、一説によると、「景気が良い太平の世には辛口の酒が、乱世や不景気の世には甘口の酒が流行する」という。著者はそれに対し、「こじつけ」とは言いつつも、「そうかもしれない」と思わせる論拠を展開しており、読むうちについニヤリとしてしまう。さて今の世は甘口と辛口どちらの流行にふさわしいか、検討してみるのもおもしろいかもしれない。

 知れば知るほど味わい深い「日本酒の世界」。本書を読んで得られる知識は、日本酒を嗜む時間の素晴らしい“肴”になること請け合いだ。

文=三田ゆき


(情報提供:ダ・ヴィンチニュース